インターネットにおける認知発達論

こんにちは、原町田アフロボンバーです。

インターネットをはじめて十数年ほどになりますが、インターネットほど僕に害のあるものはありません。

インターネットがなければ僕はもう少しマシだったような気がしないでもありません。

少なくとも、数時間をどっかの女が売ってる汚ねえパンツをひたすら見ることだけに費やしたりすることは無かったでしょう。

 

さっき、日課のクソリプ飛ばしの途中にこんなツイートをしました。

 

 

これは『暇な女子大生』とかいう人気アカウントについてでした。

暇な女子大生は「有名私大に通う女子大生が『暇だから』と高学歴の男性を見つけては性交し、その模様を逐一ツイートする」というどうしようもないアカウントなのですが、性交することを『ち○ぽで優勝』と言ってみたり、いちいち年季の入った下ネタを差し込んだりとくだらないながらも非常にエンタメ性と独創性にあふれるアカウントであって、僕にはとてもどっかの暇な女子大生が書いている様には見えないのです。

 

まず、最初に大きなポイントとしては性別です。明らかに「彼女」は女性ではありません。誤解を恐れずに言えば、インターネットの性質上、どうしても女性のアカウントは性を売り物にしがちな所があります。

アーティストであるとか、何かの活動家であるとか、技術者であるとか、そういう目立った特技がない女性はインターネット上では自身の性的魅力を無意識・有意識問わず発信しようとしてしまうのです。

くれぐれも誤解しないで欲しいのですが、僕はこれについて議論するつもりはありません。あくまで僕の偏見としてそういう見方が出来るというに過ぎません。

なんにせよ、特にこういった「女子大生」と「セックス」がキーワードのアカウントであって、本当の女性が投稿者であれば、少なからず何かの形で彼女自身の性アピールがあるはずなのです。

しかし彼女のツイートは性を売り物にしている様に見えて、実はむしろそういう「つい性を売り物にしてしまう女性」を暗に皮肉ってブラックジョークに昇華してしまっている様にさえ感じました。

つまり、ある意味では、「暇な女子大生」さんは、本物の好き放題セックスしている女子大生たちに対する反感とか軽蔑をとぼけたフリしたギャグに乗せて発信しているのです。これは女性にはまず無い思考回路だと思います。

 

次のポイントが「年齢」でした。そうです、実はここからがこの記事の本題なのです。

上のツイートでも言及している様に、彼女のツイートは大学生の年齢にはそぐわない様に感じられました。インターネット上における、中央値的な大学生のツイートとはちょっと異なっているからです。

 

上のツイートの通り消去法で彼女の年齢を考察していった時、インターネットにおける人の振る舞いは年齢によって区別でき、その上それはジャン・ピアジェの認知発達論(Jean Piaget's Theorem of Cognitive Development)に似た発達段階スケールで表現でき、かつ、オリジナルの認知発達論よりも後のタイムラインにおける人間の認知発達を可視化することができることに気づきました。

 

オリジナルの認知発達論における段階は以下の通りです。(Wikipediaより引用)

  1. 感覚運動期(sensorimotor stage, 0-2歳)
  2. 前操作期(preoperational stage, 2-7歳)、
  3. 具体的操作期(concrete-operational stage, 7-12歳)、
  4. 形式的操作期(formal-operational stage, 12歳以降)

 

僕もこれに習い、インターネットにおける認知発達を大きく以下の五段階に分けたいと思います。

 

  1. クリック期(clicking stage, -10歳)
  2. 存在模索期(existence-searching stage, 10歳-18歳)
  3. コンテンツ模索期(contents-searching stage, 18-22歳
  4. 存在期/コンテンツ発信期(existent stage/contents-broadcasting stage, 22-34歳)
  5. 減退期/コンテンツ点滴期(losing stage/contents-tubed stage, 34歳以降)

 

ここからは、各段階の推移について詳しく解説していきます。

なお、ここで言う「インターネット」とはWWW、いわゆるWebであって、不特定多数が触れ得るSNSなどを意味し、メールやスカイプなどは含まれないことを考慮してください。

また、年齢はあくまで目安であり、不正確です。インターネットを始めた時期などによって揺れが大きく生じると思います。

 

クリック期(-10歳)

クリック期はインターネットに触れたばかりの小学生中学年程度の子供を想定した段階で、その名の通り、ほぼクリックのみでインターネットを楽しむ期間です。

この段階の初めにおいては、ニュースサイトや無料のゲームサイト、漫画やゲームとスポーツなど自分の興味のあるものに関連したサイトばかりを専ら受動的に閲覧します。

後期になると、2chまたはtwitterのまとめなどSNSとの結びつきが深いサイト、もしくはニコニコ動画やYouTubeなどを含むSNSそのものを閲覧し、「どこかの知らない(≒無名の)人の投稿」が自分の知らなかった所で人気であることを知ります。その投稿者の中には、自分と近い年齢/境遇の者がいることを見出します。

そうして自分からインターネットに発信できることを覚えたインターネット・ユーザは、存在模索期へと移行します。

 

存在模索期(10-18歳)

中高生に近づき、インターネット最大の特徴である「誰でも発信できるメディア」ということを認識したユーザは、芽生えた承認欲求を満たそうとする上で、「自分がインターネット上で何者になれるのか」という命題に直面します。

多くの場合、まずそれは、人間として成熟していない自分の現状を周囲に伝えることで解決します。つまり年齢アピール・小学生/中高生アピールです。

これは女性が性的アピールに走ってしまうのとは原理が異なるため、特別な技能を持った者であっても年齢アピールをする強い傾向があります。

年齢アピールの裏には「大人には敵わない」という前提的な心許なさと、「まだまだ幼いのにインターネットやってる自分がすごい」という過去の自己と比較した場合の成長の実感があります。

つまり、「まだ幼くて大人のようにできないけどインターネットやれてるだけでもすごいから許容して認めてほしい」と言うもので、無意識のうちに年齢のギャップを埋めるハンディキャップを求めている訳です。

結果、前述した特別な技能を持っている者の場合も、その特別な技能が「インターネット」の部分と置き換わって、たとえば「中学生なのにゲームが作れているだけですごいはずだから認めてほしい」となるだけで、自分の存在確立には繋がりません。大抵、その特別な技能は大人に敵うことが無いからです。

存在模索期は、思春期になって生まれた承認欲求の満たし方を、大人へのコンプレックスの中で模索する期間であると言えるでしょう。

また、この期間は一番ユーザが極端な行動を取りやすい期間でもあります。

彼らはインターネット上で承認を受けるために、インターネットにおける自己の存在を模索します。その最中に、荒らしやエロ垢など、とにかく実際の能力と関係なく色んな人に認識してもらえそうなことをします。

彼らは認識と承認が厳密には違うことをあるのを理解しません。極端な行動は認識されやすいかもしれませんが、インターネット上にも存在する社会的ノームに則って秩序的に排除され拒絶されるのです。

 

ある程度彼らの脳が成熟し、インターネット上で真に承認を得ることを理解すると次の段階へ移行します。

 

コンテンツ模索期(18-22歳)

インターネットはだれでも発信できるツールです。

インターネット上で承認を得る者は、より多くのインターネット・ユーザが見たいと思うコンテンツを発信する者です。

それに気づいたコンテンツ模索期のユーザは、自分が発信できるコンテンツを探し始めます。

それはFacebookでサークルの写真を載せ続けることかもしれませんし、ニコニコ動画でコメントを投稿することかもしれませんし、2chの専門板で初心者にアドバイスを与え続けることかもしれません。

居場所を見つければいいことを知った彼らは、居場所を探し始めるのです。

そうして無事居場所を見つけたユーザは次の段階へ移行します。

 

存在期/コンテンツ模索期(22-34歳)

この間、インターネット・ユーザはインターネット上に存在し続けます。

彼らはなるべく喜んでもらえるコンテンツを自分に合った自分の好きな形で発信し、最も適切な承認を得ます。

ユーザとして一番脂ののった時期とも言えるでしょう。

 

結婚や老化など、実生活の変化によってインターネットにつぎ込むリソースが減少すると次の段階へ進みます。

 

減退期/コンテンツ点滴期(35歳以降)

結婚し、子供ができ、家庭を持ったユーザには最早インターネットでなにかコンテンツを発信する時間や気力は無く、クリック期と同じく自分の好きなサイトを眺めることが主体になります。

しかしクリック期ほどの能動性はありません。慣れ親しんだインターネットに半ば呆れながら、時たま投稿もしつつ上手く必要な情報だけ取り出し、弱まっていた依存をより弱めていきます。

ユーザとして最も成熟した状態です。

 

 

これが僕の定義する、インターネットにおける認知発達論です。

基本的には実社会での発達と似た段階を踏んでいると思いますが、「コンテンツの発信」がより重要である点においては特別だと思います。

また、ここでの段階を踏むほど深くインターネットに入りこんだユーザは、上で説明されている通り、ある種インターネットを卒業します。

インターネットはあくまで仮想空間であるため、承認欲求を満たすことは出来ても、尊厳欲求を満たすことは出来ないのです。

ここらへんで更に僕の文明害悪論を持ち出し交えつつ「インターネットはクソ」ということを話したい所ですが、ちょっと文字数的にアレなのでこの辺にしておきましょう。

 

コロナ・ビールを二本ほど空けた後、半分寝ながら書いたので、不正確な所や間違いがいっぱいあると思います。ご容赦ください。

 

こういう奴はSNSとかでシェアされそうと思ってがんばって書いたので、みなさんシェアしてください。

 

ではまた。