或る夏の日の追跡 (1)

ある夏の日の昼下がり。僕はまさしく不毛と呼んで差し支えない虚無の時間をぼうぜんと過ごしていた。
文化と教養あふれる誇り高き人間社会の一員として、考えうる限り最悪の行動で夏期休暇をいたずらに消費していた。つまり何もせずただダラダラと過ごしていたのだ。

やるべき事が無い訳ではなかった。休暇の間に終わらせるようにと渡された宿題は未だ半分も終わっていない。自分の部屋を片付けろとも言われた。
しかしそのどれもが、このがむしゃらな暑苦しさの下では無意味で禍々しく見えるのだ。意欲など湧かない。
宿題より前にビデオ・ゲームなどをするわけにもいかない。これでいて根は真面目、妙な罪悪感に襲われ集中できなくなるのだ。



かと言って極端に内向的な僕をプールに誘う友人なども存在しなかった。
昔から表面的な付き合いしか出来ないのだ。学校から一歩出るとたちまち孤独になってしまうのである。ともだちと楽しく遊ぶことなどほとんどない。
結局何もしないのである。

そんな自堕落な自分を認識してしまうとより一層と暑苦しさが増して重圧となって僕の身体をぬるいフローリングに押しとどめる。どうしようもない泥沼だった。
そもそも自己嫌悪が強すぎるのだ。果てには自己嫌悪する自分に自己嫌悪する滑稽な思考を紡いでしまう。

なんとかこの底なし沼を抜け出せないだろうか。
考えて、せめて外の空気を吸ったらどうかと思い立った。アイスクリームを買いに行こう。小遣いならあるのだ。使い道がないから余っている。
なんとか重圧を押しのけて立ち上がり、マジックテープ式の黒い財布と鍵をつかみ取り、家を出た。

熱気で視界が歪む中、店へ向かう歩道をとぼとぼと歩く。ぞんざいな部屋着のTシャツが汗を吸って気色悪かった。
あまりの苛烈さに家に戻ってしまおうかと思ったその時。ふわふわとした白い服がオレンジ色の自転車に乗って真横を通りすぎ、健康的な女の体臭をほのかに振りまいて、行った。その顔に見覚えがあった。

ワタナベだ。身につけたものは普段見慣れた制服と違えど、同じクラスの女子に間違いなかった。

ここで彼女を気にする理由など何一つなかった。彼女とは何の関係性もないからだ。話した事もない。
しかしなぜか、いつもと違う格好をした彼女のさわやかな汗の匂いが僕の思考を覆い尽くし、両目は遠ざかる彼女の後ろ姿に注目した。
気づけば僕は彼女を追いはじめたのである。

普段ならば、こんなことは気持ち悪いだとかバレたらどうするのだとか否定することが浮かんで躊躇して僕の行動を当たり障りのないものに押しとどめるのだが、この時のみは不思議とそういう気持は思いつかなかった。
とにかくワタナベを追わなければいけない。それだけにとらわれて、足を動かすだけで精一杯だった。他になにも考えなかった。

時々、こうやって意味不明な衝動におそわれるのは誰だってそうだろう。少なくとも思春期の人間ならばそういうこともある。そうした不安定さが膠着した現状を変えて時として彼らを成長させるのである。
そういうことが人間として生きることの面白みでもあるのだ。

(2につづく)