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バズ・ライトイヤーをさがして(2)

1からのつづきです)



昔なじみの後輩からバズ・ライトイヤーのストラップをもらった数週間後の朝。私は寝坊した。
朝練がいつもの木曜から火曜に変わった事を失念しており、目覚ましアラームをセットし損ねたのだ。気づいた時にはもうすでに六時半、朝練開始の時刻まで僅かにあと五十分であった。電車で家から学校まで五十分かかる。

こういうピンチに陥ったときの私は素早い。いつも若干とろい私も、明らかな危機に直面すると例の異常状態のスイッチが入ってブーストがかかるのだ。
一瞬で身支度を済ませて家を出て、駅までダッシュ。なんとか朝練に間に合う電車に滑り込めた。

学校の最寄り駅に着いてまたダッシュ。続くバスでカードの残高が足りなくなるハプニングに見舞われるが、そこは小銭を払ってすり抜けた。
校門を潜って腕時計に目をやる。七時二十分、間に合った。人知れず小さくガッツポーズをした。


私は剣道部に所属している。活動場所たる道場に入るや否や、なにか飛んで来て頭にこつんと当たった。

「また遅刻ですか、先輩」

投げられたものを床に落ちる前につかんだ。カロリーの王様、スニッカーズだった。

「こんな甘いもの良く食べるよね」

スニッカーズはかの大帝国アメリカからやってきただけあって恐ろしく甘い。ピーナッツが混ざった甘ったるいキャラメルをこれまた甘ったるいチョコレートでコーティングしたスナック・バーである。
甘いものはそこまで苦手ではない私だが、この重量感ある濃厚な甘い菓子を毎朝食べる神経は理解できなかった。あきれ顔でスニッカーズの白々しい包装をいじった。

「余計なお世話です。早く準備してくださいよ」

後輩は可能なかぎり冷たく言った。

あらためてゲロ甘チョコバーをまじまじと見つめる。何を隠そう、バズのストラップをくれたディズニー・ファンの彼は極端な甘党でもあるのだった。私はよく彼のことをこう説明する。女子高生よりも「女子」だと。
実際の女子よりも、世間の定める「女子」というステレオタイプに合致した行動をとっているのが彼だった。背も若干小柄で、小学生のころはさんざんバカにされていたものだ。

ふと思いついたが、遅刻した私に対して表面上冷たく当たりつつお菓子を投げるのは、これはもはや、ツンデレと言っても差し支えないのではないだろうか。にやりとした。
彼のやさしさの結晶をうやうやしく鞄にしまおうとした時だ。通学鞄の右側にあるべきはずのものがないことに気づいた。凛々しい顔をした宇宙服の、バズ・ライトイヤーのストラップがいなくなっていたのだ。

さっと血の気が引いて行くのを感じ、そしてだんだんと気持が昂っていくのをはっきり自覚した。これはまずい。明らかに異常状態の前兆であった。
なんとか興奮を抑え込もうとした。しかし異常状態の結果に対する不安よりも、バズをなくしてしまったことによる激昂が上回り、思考回路を塗りつぶし、ついに私は類いまれなる健脚をもって走り出しそのまま道場を飛び出してしまったのだった。


(3につづく)