ワニ肉へのアンチテーゼ

(都内某所)


「どうも、お久しぶりです」

「あっ、はいはいどうもどうも」

「すっかり冬ですね」

「はい、うん、もう大分冷え込んじゃってね。困ったもんよ」


「暖房、つけました?」

「いやー、うん、あのね。結構なんとか頑張ってたんだけどさ、節約しようと思って。こう、毛布なんか被ってね?暖房だけはつけないようにって」

「はいはい」

「なんだけど、昨日ついにつけちゃった」

「ああー」

「まあしゃあないね」

「残念ですね」

「残念ってほどじゃないけどね」

「いや、これは残念ですよ」

「そう?」

「確実に。誰が何と言おうと残念です」

「そう」

「はい」

「……」

「あっ、これ暖房とは全然関係ない話なんですけど」

「なに?」

「ワニ肉ってあるの、知ってます?」

「え?」

「だから、ワニ肉。ワニってほら、いるじゃないですか。水辺に住んでる、ほら口のデカイ奴」

「いやワニは分かるよ」

「そのワニの肉ですよ」

「ふうん」

「ご存知ですか?」

「いや全然。何それ?」

「え?だからワニの肉ですって」

「いやそれは分かるよ。ワニ肉はワニの肉だろうよ」

「ワニってほら、あの緑色でごつごつした……」

「ワニもわかる」

「じゃあ何が分からないんですか」

「君かな」

「はい?」

「君が分からないよ。なぜ急にワニ肉の話なんかしだすんだい」

「……」

「せっかく久しぶりに、こうやって二人きりで会えたのに……ねえ、どうして?」

「……」

「私おかしいのかな?好きな人に抱きしめて欲しい。好きだって、愛しているって言って欲しい。それってそんなにおかしいの?」

「いや、それは」

「時々ね、私分からなくなるんだ。あなたが一体何を考えているのか」

「……」

「辛いよ。とっても苦しいんだよ、いつ来てくれるか分からないものを待ち続けるのって」

「……」

「もうさ、終わりにしよ?このまま続けたって、辛いだけじゃない。別れようよ」

「……ごめん」

「謝らないで。私、本当にあなたを嫌いになってしまいそうだわ」

「……」

「もう行かなきゃ。じゃ、元気でね」

「……」


だんだん遠ざかって、だんだん小さくなる彼女の背中を、灰色のビルと寒々しい喧噪の中に消えて行くのをずっと見送っていた。
困惑とか情けなさ、なによりも寂しさを紛らわすために口にしたカフェ・ラテはすっかり冷えて、喉奥を落ちる時に僕の中を冬にしていった。

「ワニ肉は、嫌いだ」

呟いて、うなだれた。