バズ・ライトイヤーをさがして(1)

「ピクサー映画っていうのは、ファインディング・ニモで一旦完成されちゃったって言うかピークを迎えたんですよ」

帰宅道中に買ったコンビニカレーパンの微妙さに失望していると、とつぜん後輩は講釈を垂れはじめた。その退屈さに、部活の疲れと夕暮れの薄暗さもあり、私は大きくあくびをした。

私は青春を謳歌せし学生であり、有り余ったエネルギーやリビドーと破壊衝動を暴発させないために剣道部に所属している。剣道部に入ると言った時、中学時代の私を知る人間は残念がったものだ。
中学時代の私は陸上部でもナンバー2のスプリンターだった。200mでは向かうところ敵なしで、大会でもまあまあの結果を残した。

それがなぜ剣道部なぞに入ったかと言うと———。


「先輩、聞いてます?」

振り向くと不満そうな顔を浮かべる後輩。うるさい。こいつの話は正直言って長いのだ。ピクサーがどうこうとそんなものに興味はない。
なんだかフラストレーションが溜まった私は、衝動的に、考えるより先に、手に持ったコンビニカレーパンを後輩の開いた口に押し当てていた。

あっ。

一瞬の静寂。驚いて困惑した表情になった後輩がおびえた目で私を見た、そこで急に冷静に戻った。正気になって状況を理解してしまったのだ。

たびたび私は衝動的に行動を起こしてしまう。感情が高まると自分の制御を失うのだ。暴れて好き放題し周りの人間を困惑させつくす。しかしやがて何かにぶち当たって止まり、急激に鎮静し、状況を理解して赤面する。そういうことを昔から繰り返している。
実は剣道部に入ったのもそれが原因の一つであり、またその癖を直すためでもあった。
見ての通りその効果は薄かったようだ。脚力に加えて腕力も備わり余計たちが悪くなった気さえする。

10秒ほどだろうか。もっと長く感じた。私の目を覗き込んで真意を必死に探ろうとするのをあきらめ、後輩は呆れてヤケになったように大きな口で私の食いかけのカレーパンに噛み付いた。
幼い、それこそ中学時代の陸上部の面々がここにいたら散々からかわれたことだろう。彼は、後輩は、女子の先輩の食いかけカレーパンを食ったのだ。思春期半ばの奴らにとってこれほどおかしいことは無いだろう。私と彼は度々つるんでいるから尚更だ。
遅れて来た恥ずかしさに顔が紅潮するのを情けなく思いつつ、必死にカレーパンを持つ手を保持した。

「冷めて、ますね」

カレーパンを咀嚼しながら、彼は顔を背けてつぶやいた。
『異常状態』の私なら背中を叩いて大笑いしながら失礼だとか言ってこの場を収められるのだろうが、変に意識してしまった正気の私は頷くだけで精一杯だった。薄ら気まずい空気は残った。
ふと、この場面を佐野先輩が見たらどう思うだろうかと気になった。しかしすぐに考えるのはやめた。



「じゃ、また部活でね」

いつも別れる道で振り向いて言った。小学校からの知り合いである後輩と私の家は近いから、いつも駅から家の近所であるこの別れ道までを歩いて帰るのだ。
気恥ずかしさからすぐにその場を離れようとした時、後輩がなにかを差し出した。

「このストラップ、こないだ買い物したときにオマケでもらったんですよ」

カラフルな宇宙服に、紫色の変な髪型。ぴんとした長方形の透明なパッケージに入っていたのは、凛とした表情のバズ・ライトイヤーであった。
ややぎこちなく笑う後輩の顔を覗き込む。きっと私も、カレーパンを差し出されたときの後輩と同じ表情になっていたんだと思う。

「もらっていいの?」

そっとストラップをつかむと後輩の手が離れた。

「カレーパンのお礼ってことで。これでチャラですよ」

はにかんだ後輩を見た時なぜかもやもやを感じた。異常状態になってしまいそうなもやもやだ。必死にこらえ、なんとか礼の言葉を絞り出し、いつもと違う雰囲気がある後輩を離れた。
ストラップをもう一度見ると、バズ・ライトイヤーの顔が後輩のように見えて来たので笑えてしまった。

家についてパッケージをすぐ開けた。ストラップは鞄につけることにした。
これから毎朝、後輩みたいな顔のバズをぶらさげて登校することを想像した。なんだかおかしくて、うれしかった。

((2)につづく)