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中華街(1)

「あーっ。ペペロンチーノが食べたいなーっ」

ペルシャはピンク色の箸を放り出してわめいた。イタ飯かぶれの彼女にとって、中華料理はもう飽き飽きなのだ。

「そんなこと言ったってしょうがないだろう」

呆れ顔で応じたのは食卓の対角側に座った男。四角い顔に汗がてらてら滲んで光っていた。

「ここは中華街だ。ペペロンチーノなんて無い」

男は筋肉で大きく盛り上がった腕を繊細に動かし、レンゲの上の小籠包をあざやかに口へ運んだ。咀嚼しつつ表情が満足げになった。

ペルシャは納得しない。

「いやだーっ、ぜったいにペペロンチーノが食べたいんだーっ」

男がもはや無視して黙々と食事に集中し始めた。いつものことなのだ。

戸を二回叩く音がした。

「ごめんください」

出迎えると、そこに立っていたのは刑事だった。

「夜分遅くにすみませんね」

すっかり顔なじみになった中年で小太りの刑事は、何やらいつになく深刻そうだった。

「一体どうしたんだ」

刑事は周りをわざとらしく見て、誰もいないのを確認すると男に向き直り、告げた。

「さっき、キツネ耳が殺されているのが見つかりました」

(つづく)

イヤホンは断線する

憂鬱だ。買ったばかりのイヤホンが断線したのだ。
だいたい私はイヤホンを断線させすぎる。今年に入ってから、もうこれで三個目だ。
もうイヤホンは買わない。

通勤途中。音楽を聞けないのでムシャクシャする。
みんな私を見ている。私を見て笑っている。
なにもかも厭になったので、透明化した。

透明化している間は開放的だ。何をしても人から咎められることなどない。誰にも見えない存在に誰が意見できようか。

しかし、あまり悪いことをするとよくない。自分の良心が痛む。

だからやることは奇行の域を出ないものに限られる。
今日は街中ででんぐり返しをしようとした。人々がぶつかって来るのでロクに出来なかった。やがて飽きて、やめた。

気が済んだので透明化を解いてラーメン屋に行った。
タオルを頭に巻き、厨房に立つ。するとどうだろう。気力が湧き上がってくるようだ。

スープを仕込み、麺を仕入れ、バイトのシフトを組んだ。開店の時間だ。

「へいらっしゃい!」

お客が満足そうに帰っていく姿を眺めながらラーメンをつくっていると、イヤホンが断線したことなどはどうでもよくなった。
こういうのを生き甲斐と言うのだ。

バスタオルの神様

神様になることにした。給料がいいからだ。
八百万の神とはよく言ったもので、この世に存在する万物には神が宿っている。
最近はいろんな物が増えるので神様の数が足りなくなり、新人を募集し始めたらしい。

神様になるにはまず試験を受けなければいけない。試験は都会にあるオフィスビルの一室で行われる。

試験と言っても簡単な筆記テストだ。作文と、中学レベルの数学問題をやらされる。

筆記試験をパスしたら面接に進む。神に相応しい人材かどうか、人柄を見て確かめるのだろう。

「志望動機はなんですか?」

パンツスーツ姿の女性面接官が書類に目を落としたまま尋ねた。

「前職のプログラマとしての経験を、社会のために役立てられたらなと思いまして」

これは半分本当だ。

「具体的にどういったスキルをお持ちで?」

書類を一枚めくって重ねる。

「主に使用していたのはRPG4とPascalです」

「そうですか、ありがとうございました」

この面接を通ると、晴れて内定通知が来る。
これでもう神様だ。

現実はそこまで甘くなかった。

「じゃあ、僕は神様になるための課程<コース>に入ったのですか」

そうだ、と教官はにべもなく答える。

「課程は五年間。神として相応しい人間を目指して頑張ってもらう」

コースが行われる学校の近くの寮に住み、勉強に励んだ。
道徳についての論文や、社会学のレポートなど、コースは意外なほど多分野におよんだ。

5年後、課程を修了しついに神様になった。バスタオルの神様だ。
友人はショボいと言ったが、世界中のバスタオルは私なしでは存在し得ないのだ。それを思うと誇らしくてならない。

あなたも何を目指しているのか知らないが、やり遂げれば爽快なので頑張ってほしい。

二組の横林さん

二組の横林さんの胸は大きかった。
他の女子と比べて明らかに大きい。体育で体操着など着ると、くっきり丸い双丘が現れた。
地味な彼女があんな立派なものを持っている状態は、僕を困惑させた。

しかし、僕はそれを決して口にしなかった。
別に横林さんが好きな訳ではないのだ。
むしろ、女性の胸への興味を阻害している横林さんのおとなしい人柄がもどかしいとまで思っていた。
それに何しろ恥ずかしい。女子についての話題が出るときは、なぜか大抵ネガティブな意見が目立つから、巨乳の話などしにくい。

僕はもやもやした。みんなに言いたい。言って、確かめたい。
他の人間があの胸を見てどう思うかが知りたかった。どうしても知りたかった。
それでも話しにくい。話せないほどに。
僕は結局、卒業するまで横林さんについてのことを口にすることが出来なかった。

それから数年経った。
僕はかつていた町を訪れた。かつての一番の親友と会い、ハンバーガー屋に入った。

他愛ない話をした。コーラの氷が溶けきったころに親友がポツリとこう言った。

「なあ、二組の横林。覚えてる?おっぱいデカかったよな」

これを聞いた時、僕は泣きそうになるかと思った。
共感を求めていた少年の僕が、今の僕の心の中で少し笑った気がした。

帰ったあと、卒業アルバムを開いて見てみた。横林さんは思ったよりもブスだったしおっぱいもそうでもなかった。

UF423便

メニューをしばらく読んで、カップヌードルを食べることにした。

カップヌードルならば5ドルである。この割高なメニュー上においてコーラとも大差のない値段だ。空腹と退屈を紛らわすにはちょうどいいと思った。
大会へ向かう飛行機の中だった。皆でとくべつ安い便をとったので機内食などはついていなかった。
雑誌も置いていない。

「カップヌードル、ひとつください」

ピンク色の5ドル紙幣を挙げてキャビン・アテンダントを呼び止めた。
金髪の彼女はきわめてビジネス的に口角を上げると、金を受け取りカップヌードルにフォークを添えて差し出した。

「よく食べるね。きみってやつは」

かすれた眠たげな声の主は、隣に座る我らがエースだ。気怠そうに目をこすっている。

「いったいどれだけ食べれば気が済むんだ。乗る前にも大きなハンバーガーを平らげてなかったかい?」

まぶしいのだろう。目を開けられず半目のままでしかしこちらに顔を向けて、いたずらっぽく笑った。彼女は笑うと両頬にえくぼができた。
いつも通り平静を装って目を彼女から背ける。とっさだ。そして腕時計をいじってタイマーを3分に設定する。

「背が大きいですから」

そっけなく答える。ふうん、とエースが窓へ頭をむけた。わたしは震えた。
長い髪から甘ったるい、形容しがたい匂いがしたのだ。頭の裏側から殴られたような鋭い衝撃。

女だ。これが女の匂いなのだ。

わたしはこらえて、じっとタイマーの数字を見た。必死に残り時間に集中した。
3分間が永遠のように思えた。


やがて完成し、ズルズルすする。いつもここで彼女は起き上がり—―。

「なあ。ひと口だけ分けてくれ」

こう言う。そして返事も待たずにカップヌードルをひったくる。
何も気にしない風でわたしの使ったフォークをスープに突き立て、麺をほじくって口に入れた。こちらも意識してはいけない。意識したら負けだ。

「悪くないじゃないか」

とぼけたことを言う。こちらの気も知らずに。

「先輩って、ホンットいやなやつですよね」

吐き捨てるように言った。彼女は、何も言わず窓の外を見ていた。

或る夏の日の追跡 (1)

ある夏の日の昼下がり。僕はまさしく不毛と呼んで差し支えない虚無の時間をぼうぜんと過ごしていた。
文化と教養あふれる誇り高き人間社会の一員として、考えうる限り最悪の行動で夏期休暇をいたずらに消費していた。つまり何もせずただダラダラと過ごしていたのだ。

やるべき事が無い訳ではなかった。休暇の間に終わらせるようにと渡された宿題は未だ半分も終わっていない。自分の部屋を片付けろとも言われた。
しかしそのどれもが、このがむしゃらな暑苦しさの下では無意味で禍々しく見えるのだ。意欲など湧かない。
宿題より前にビデオ・ゲームなどをするわけにもいかない。これでいて根は真面目、妙な罪悪感に襲われ集中できなくなるのだ。

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