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ファンタのゼリー

ファンタふるふるシェイカー的な飲み物が売ってたので買いました

 

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2ドル……普通だな!

 

(こっちでは600mlのコーラが必ず$3以上する)

 

ファンタふるふるシェイカーと同じく、振ってから飲めと書いてある

 

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ふる

 

飲んだらファンタふるふるシェイカーの味でした。

 

トゥデイズ・ボンバーズ・ポーインツ

 

警告: 75点……

 

普通においしいし安い。二度と買わないけど満足

 

それではまた来世!お疲れ様で〜す⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎

ティッシュに丸めてポポイのポイ!

 

「おえっ」

 

吐いた。女の子がぼくのTシャツの胸にツインテールにした頭をおしつけてゲロゲロと吐いた。

 

メタ的に言うところの「オタサーの姫」然とした見た目である彼女の特性は、近年急速にインターネット・ミームのひとつとして形成されたステレオタイプのそれと寸分違わず、つまりブスだ。

 

それもすげえブス。顔が丸い。丸いどころか、洋菓子のハーバーのように横長である。CMソングを思い出して、本人を目の前にして笑いそうになる。

目と唇は小さい。この2つだけはとびっきりお淑やかだ。唇消失バグ、などと思いついた時も声に出して爆笑するのを必死に堪えた。

鼻は低いくせに大きい。顔にゴキブリが薄くへばり付いているかのようだ。

 

しかし、彼女は典型的なオタサーの姫。ミームの体現である彼女は、例によって男所帯のオタサーでひどく激しく承認されていた。

ぼく以外のほとんどのメンツは、今まで接触したことのない異性との邂逅にはしゃぎ、騒めき、狂っていた。そのうち制御不能になるのは目に見えていた。そこまででミームとしてワンセットだ。

残念ながら、ぼくははしゃぐ気になれなかった。このブスが大嫌いだった。そもそもぼくは自分以外の人間がだいたい嫌だ。

 

小学生の頃、兄貴のゲームを勝手にプレイしてから、その主人公の病気をトレースしようと自己暗示をかけ続けているうち、本当にその病気に近い思考回路を手に入れた。あの日ゲームで見たように、人間はだいたいグロテスクな肉塊に見える。

日常系のアニメやまんがタイムきららなどは肉塊に見えない。人間とかけ離れているから。しかし彼らはとても幸せで平和そう。彼らを憎む毎日である。

 

話を戻そう。そうだ、ブスだ。あのブスのゴミクズは俺のTシャツにゲロを吐いた。

オタサーの飲み会をしていた。ぼくは唯一の友人がこのサークルの主催なので仕方なくこういう催しに参加する。意外なことに、ぼくは結構こういう集まりを楽しむことができる。

なぜだろう、なにか全然別の人格がぼくの脳髄の奥底から出てきて、自己暗示の10年間で殺しきれなかったまともな人格が出てきて、まるで普通のやつみたいに社交をするのだ。毎回驚かされる。

この日、ゲロ袋はぼくの隣に座った。しばらく気づかなかったが、ぼくの足などをあの汚い雑菌まみれの手でぺたぺたぺたぺた触ってくるところで勘づいた。

このゲロは、自分に興味ないように涼しい顔をしているぼくが憎たらしく、まるで最後にひとつだけ残ったビデオゲームの実績のように見えて、ぼくを今日晴れて「解除」しようと企んでいるんだ。ぼくをそこいらのオタクと同じ目でしか見ていないのだろう。

 

性的な視点で見られた。こんなゲロ袋に、このグロテスクな肉のゲロ袋に、セックスとして認識されてしまった。

 

途端、ぼくの社交人格は再び妄想の肉塊に押しつぶされ、ぼく本来の人格が戻った。

 

「ァ、んっ、脚を触るなァアアアアイ!」

 

逆上したぼくは即座に立ち上がり、大声で叫ぶ。

 

「お前、おい!お前!気持ち悪い…気持ち悪いんだよ。豚の心臓のような見た目で、ぼくをその粘液で汚して、雑菌を感染させて殺すつもりでしょ?分かってる。知ってるんだよ。分かるか?

クソ。やめろ。やめろって言ってる!

やめろ!アアアアアアアア!!!

やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!

ぼくを殺すんじゃない。ぼくは病気なんだぞ。認識がおかしくなる病気です。

保護されます。ぼくは保護します。国が保護します。豚を殺すんじゃ、殺す。

セックスしようとするな!ぼくに雑菌をやめろ豚の心臓。豚の心臓はぼくの雑菌をやめろ!!」

 

大声でまくしたてて、はっと気づくとサークルのやつらは呆気に取られて、困惑しきって、どうすればいいか全く考えあぐねていた。

 

ワンテンポおいてゲロ袋はわあわあ言い出した。泣き出したんだと思う。よくわからない。

 

何人かが何か非難の目を向けた。ぼくに非難の目を向けた。ぼくを排除しようとしている。

このブスのせいだ。この醜い、グロテスクの肉塊がいるからいけないんだ。

ぼくはゲロ袋の真ん中の辺りを殴った。拳にうんと唸りをつけて殴った。人体でいう腹のあたりにあたった。

 

袋の真ん中を強くたたくと中身がいきおいよく出てくる。ゲロ袋の場合はゲロを出した。ぼくと対峙していたのでぼくの胸に吐いた。

ぼくのTシャツが汚れた。ぼくは死んでしまう。雑菌がぼくを侵してしんでしまう。

 

半狂乱のぼくはゲロ袋を必死に排除しようとした。叩いて、蹴って、店の外になんとか出した。

そうしたら、あなたら、警察が来ておこられたんだ。

 

ねえ、こんなのおかしいじゃないですか?

ぼくの友達はサークルを運営しているし法学部ですよ。きっとぼくの精神異常を認めて無罪にします。

ぼくは健常者とは違いますからね。お前には、気持ちが、分からない。

インターネットにおける認知発達論

こんにちは、原町田アフロボンバーです。

インターネットをはじめて十数年ほどになりますが、インターネットほど僕に害のあるものはありません。

インターネットがなければ僕はもう少しマシだったような気がしないでもありません。

少なくとも、数時間をどっかの女が売ってる汚ねえパンツをひたすら見ることだけに費やしたりすることは無かったでしょう。

 

さっき、日課のクソリプ飛ばしの途中にこんなツイートをしました。

 

 

これは『暇な女子大生』とかいう人気アカウントについてでした。

暇な女子大生は「有名私大に通う女子大生が『暇だから』と高学歴の男性を見つけては性交し、その模様を逐一ツイートする」というどうしようもないアカウントなのですが、性交することを『ち○ぽで優勝』と言ってみたり、いちいち年季の入った下ネタを差し込んだりとくだらないながらも非常にエンタメ性と独創性にあふれるアカウントであって、僕にはとてもどっかの暇な女子大生が書いている様には見えないのです。

 

まず、最初に大きなポイントとしては性別です。明らかに「彼女」は女性ではありません。誤解を恐れずに言えば、インターネットの性質上、どうしても女性のアカウントは性を売り物にしがちな所があります。

アーティストであるとか、何かの活動家であるとか、技術者であるとか、そういう目立った特技がない女性はインターネット上では自身の性的魅力を無意識・有意識問わず発信しようとしてしまうのです。

くれぐれも誤解しないで欲しいのですが、僕はこれについて議論するつもりはありません。あくまで僕の偏見としてそういう見方が出来るというに過ぎません。

なんにせよ、特にこういった「女子大生」と「セックス」がキーワードのアカウントであって、本当の女性が投稿者であれば、少なからず何かの形で彼女自身の性アピールがあるはずなのです。

しかし彼女のツイートは性を売り物にしている様に見えて、実はむしろそういう「つい性を売り物にしてしまう女性」を暗に皮肉ってブラックジョークに昇華してしまっている様にさえ感じました。

つまり、ある意味では、「暇な女子大生」さんは、本物の好き放題セックスしている女子大生たちに対する反感とか軽蔑をとぼけたフリしたギャグに乗せて発信しているのです。これは女性にはまず無い思考回路だと思います。

 

次のポイントが「年齢」でした。そうです、実はここからがこの記事の本題なのです。

上のツイートでも言及している様に、彼女のツイートは大学生の年齢にはそぐわない様に感じられました。インターネット上における、中央値的な大学生のツイートとはちょっと異なっているからです。

 

上のツイートの通り消去法で彼女の年齢を考察していった時、インターネットにおける人の振る舞いは年齢によって区別でき、その上それはジャン・ピアジェの認知発達論(Jean Piaget's Theorem of Cognitive Development)に似た発達段階スケールで表現でき、かつ、オリジナルの認知発達論よりも後のタイムラインにおける人間の認知発達を可視化することができることに気づきました。

 

オリジナルの認知発達論における段階は以下の通りです。(Wikipediaより引用)

  1. 感覚運動期(sensorimotor stage, 0-2歳)
  2. 前操作期(preoperational stage, 2-7歳)、
  3. 具体的操作期(concrete-operational stage, 7-12歳)、
  4. 形式的操作期(formal-operational stage, 12歳以降)

 

僕もこれに習い、インターネットにおける認知発達を大きく以下の五段階に分けたいと思います。

 

  1. クリック期(clicking stage, -10歳)
  2. 存在模索期(existence-searching stage, 10歳-18歳)
  3. コンテンツ模索期(contents-searching stage, 18-22歳
  4. 存在期/コンテンツ発信期(existent stage/contents-broadcasting stage, 22-34歳)
  5. 減退期/コンテンツ点滴期(losing stage/contents-tubed stage, 34歳以降)

 

ここからは、各段階の推移について詳しく解説していきます。

なお、ここで言う「インターネット」とはWWW、いわゆるWebであって、不特定多数が触れ得るSNSなどを意味し、メールやスカイプなどは含まれないことを考慮してください。

また、年齢はあくまで目安であり、不正確です。インターネットを始めた時期などによって揺れが大きく生じると思います。

 

クリック期(-10歳)

クリック期はインターネットに触れたばかりの小学生中学年程度の子供を想定した段階で、その名の通り、ほぼクリックのみでインターネットを楽しむ期間です。

この段階の初めにおいては、ニュースサイトや無料のゲームサイト、漫画やゲームとスポーツなど自分の興味のあるものに関連したサイトばかりを専ら受動的に閲覧します。

後期になると、2chまたはtwitterのまとめなどSNSとの結びつきが深いサイト、もしくはニコニコ動画やYouTubeなどを含むSNSそのものを閲覧し、「どこかの知らない(≒無名の)人の投稿」が自分の知らなかった所で人気であることを知ります。その投稿者の中には、自分と近い年齢/境遇の者がいることを見出します。

そうして自分からインターネットに発信できることを覚えたインターネット・ユーザは、存在模索期へと移行します。

 

存在模索期(10-18歳)

中高生に近づき、インターネット最大の特徴である「誰でも発信できるメディア」ということを認識したユーザは、芽生えた承認欲求を満たそうとする上で、「自分がインターネット上で何者になれるのか」という命題に直面します。

多くの場合、まずそれは、人間として成熟していない自分の現状を周囲に伝えることで解決します。つまり年齢アピール・小学生/中高生アピールです。

これは女性が性的アピールに走ってしまうのとは原理が異なるため、特別な技能を持った者であっても年齢アピールをする強い傾向があります。

年齢アピールの裏には「大人には敵わない」という前提的な心許なさと、「まだまだ幼いのにインターネットやってる自分がすごい」という過去の自己と比較した場合の成長の実感があります。

つまり、「まだ幼くて大人のようにできないけどインターネットやれてるだけでもすごいから許容して認めてほしい」と言うもので、無意識のうちに年齢のギャップを埋めるハンディキャップを求めている訳です。

結果、前述した特別な技能を持っている者の場合も、その特別な技能が「インターネット」の部分と置き換わって、たとえば「中学生なのにゲームが作れているだけですごいはずだから認めてほしい」となるだけで、自分の存在確立には繋がりません。大抵、その特別な技能は大人に敵うことが無いからです。

存在模索期は、思春期になって生まれた承認欲求の満たし方を、大人へのコンプレックスの中で模索する期間であると言えるでしょう。

また、この期間は一番ユーザが極端な行動を取りやすい期間でもあります。

彼らはインターネット上で承認を受けるために、インターネットにおける自己の存在を模索します。その最中に、荒らしやエロ垢など、とにかく実際の能力と関係なく色んな人に認識してもらえそうなことをします。

彼らは認識と承認が厳密には違うことをあるのを理解しません。極端な行動は認識されやすいかもしれませんが、インターネット上にも存在する社会的ノームに則って秩序的に排除され拒絶されるのです。

 

ある程度彼らの脳が成熟し、インターネット上で真に承認を得ることを理解すると次の段階へ移行します。

 

コンテンツ模索期(18-22歳)

インターネットはだれでも発信できるツールです。

インターネット上で承認を得る者は、より多くのインターネット・ユーザが見たいと思うコンテンツを発信する者です。

それに気づいたコンテンツ模索期のユーザは、自分が発信できるコンテンツを探し始めます。

それはFacebookでサークルの写真を載せ続けることかもしれませんし、ニコニコ動画でコメントを投稿することかもしれませんし、2chの専門板で初心者にアドバイスを与え続けることかもしれません。

居場所を見つければいいことを知った彼らは、居場所を探し始めるのです。

そうして無事居場所を見つけたユーザは次の段階へ移行します。

 

存在期/コンテンツ模索期(22-34歳)

この間、インターネット・ユーザはインターネット上に存在し続けます。

彼らはなるべく喜んでもらえるコンテンツを自分に合った自分の好きな形で発信し、最も適切な承認を得ます。

ユーザとして一番脂ののった時期とも言えるでしょう。

 

結婚や老化など、実生活の変化によってインターネットにつぎ込むリソースが減少すると次の段階へ進みます。

 

減退期/コンテンツ点滴期(35歳以降)

結婚し、子供ができ、家庭を持ったユーザには最早インターネットでなにかコンテンツを発信する時間や気力は無く、クリック期と同じく自分の好きなサイトを眺めることが主体になります。

しかしクリック期ほどの能動性はありません。慣れ親しんだインターネットに半ば呆れながら、時たま投稿もしつつ上手く必要な情報だけ取り出し、弱まっていた依存をより弱めていきます。

ユーザとして最も成熟した状態です。

 

 

これが僕の定義する、インターネットにおける認知発達論です。

基本的には実社会での発達と似た段階を踏んでいると思いますが、「コンテンツの発信」がより重要である点においては特別だと思います。

また、ここでの段階を踏むほど深くインターネットに入りこんだユーザは、上で説明されている通り、ある種インターネットを卒業します。

インターネットはあくまで仮想空間であるため、承認欲求を満たすことは出来ても、尊厳欲求を満たすことは出来ないのです。

ここらへんで更に僕の文明害悪論を持ち出し交えつつ「インターネットはクソ」ということを話したい所ですが、ちょっと文字数的にアレなのでこの辺にしておきましょう。

 

コロナ・ビールを二本ほど空けた後、半分寝ながら書いたので、不正確な所や間違いがいっぱいあると思います。ご容赦ください。

 

こういう奴はSNSとかでシェアされそうと思ってがんばって書いたので、みなさんシェアしてください。

 

ではまた。

時給782円

 

【16:00】

そろそろバイトに出かける準備をしなければならない。憂鬱だ。

失敗したら先輩に迷惑をかけてしまう。店長が持て余したように、諭すように注意してくる。嫌だ。僕を排除するな。

僕はここにいなければいけないんだ。排除されたら逃げたくなってしまう。逃げられないのに逃げたくなるのは辛いんだぞ。

お前らに、逃げたい奴らの気持ちなんか分かるか。

いや、分かるのかもしれない。だからこそ嫌だ。

社会が崩壊すればいいのに。

 

 

【16:30】

出発

 

 

【17:00】

店の前で何度も時刻を確認する。シフト表をスマホで見る。照らしあわせる。何回も。

遅刻していたら、そうしたら準備をしておかなければ。いかにもすまなそうな顔をする準備を。そうしなければ排除される。

 

 

【17:30】

ゴミ箱にゴミが溜まっている。七割がた満杯だ。

後での作業が楽になるように今捨てに行っておきたい。

しかし、今ゴミ捨てに行ってもいいんだろうか。今じゃなかったらどうしよう。

だいたい僕はコンテクストを読むことが苦手だ。アスペルガーとかいう頭の病気なんだ。知能が低いんだ。

社会不適合だ。そんな奴がここにいちゃいけないんだ。誰も望んでいない。

でも僕はここにいなきゃいけないんだ。そうじゃなきゃ、クソ健常者のクズどもが闊歩するこの社会を生きていくことが出来ない。あと50年程度はこの健常者のゴミ溜めでニコニコと薄気味悪い健常者のようなフリをしながらゴミ捨てをしなきゃいけない。

そうしなきゃ僕は存在出来なくなってしまう。死ななければいけなくなってしまう。

辛さから逃げてはいけないんだ。死にたくなければ、生きているしかないんだ。ヘラヘラと気色悪い、生殖のことしか考えていない糞袋として、しかしフツウな受け答えが出来てフツウな思考ができる糞袋のフリをして生きているしかないんだ。

 

 

【20:30】

何がしたいのって聞くのは何を聞いているんですか、先輩。答えを求めていないでしょ。

答えを求めていない問いを出すのは残酷ですよ。

その残酷さが分かりますか。分かっていて出しているんでしょう。

ああ、いけない。これじゃあいけない。周りの人間全て打算的に見えてしまう。

それは健常者も同じらしい。でもきにするのはキチガイだけ。フツウの人はキニシナイ。キチガイもキニシナイ。キチガイはどこかでシヌ。みんなフツウにシアワセ。キチガイもシアワセ。

みんながシアワセになってくれればいいんだ。

そうしたら僕は死ななくていいんだろう。どうせ、そういうことでしょ?

 

 

【21:30】

終わったからタイムカードに紙を差し込む。機械が磁気情報を読み取り、計算し、結果を印字し、吐き出す。人間である自分が惨めで厭らしくみえてくる。人間の中でもキチガイである自分が何よりも惨めで厭らしくみえてくる。

人間は純粋に数学的問題を解くことを目的にできない。社会的な評価とか欲求が満たされたのに反応した脳内の報酬系が物質を出す、それだけのために全てをやっている。

作って、破壊して、無駄にして、また作って、無駄にする。これを脳内物質のためだけにやっている。糞袋が。

コンピュータこそ高尚な存在だ。悲しい。僕がコンピュータになれないのが悔しい。

 

あっ。口角を上げて目を開けなければ。

 

「あ、お疲れ様っす!お先失礼しまーす。先輩、じゃあまた明日ぁ」

 

ロマンチックを飲みましょう

ロマンチックを飲みましょう

かつて、地球上には戦争や飢餓が絶えなかったそうだ。
21世紀前半までの未熟な社会システムは、すべて人間を幸福に導くものたり得なかった。仕方のないことだ。未熟さが回避できない。

何にせよ、そういう苦しんだ人間たちの気持ちは彼には関係がまるでなかった。もはやそういう苦悩が想像できないぐらいに彼の住む世界は安定し尽くしていたのだ。

彼はアフガニスタンに住む。昔は戦乱の絶えなかった地域だ。今は数少ない人々が細々と、しかし全く自由に安らぎの中で暮らしていた。
彼を含む世界中の人類全員は働く必要が無くなった。労働を効率化すべく生まれた社会システムが成熟した結果、労働の必要を無くしてしまうとは誰が予測しただろうか?機械は全ての労働を代替し得るようになった。
全ての人類は機械に養ってもらうことが可能になった。

人類は驚くべきことに、争うことをやめた。その無為さにやっと気づいたのだ。
残念ながら自力で気づくことは出来なかった。機械が人類の教育を全面的に担当するようになった結果だった。

他の全ての問題が機械の進化によって解決した。機械は不公平不条理を全て無くした。人間は今までで一番上手くいく状態になった。


彼はアブジャの街中を歩いていた。

「ロマンチックを飲みましょう」

広告が目に入った。機械は数十年前に商業主義を廃止させていたので、現代の広告にはどこかの誰かの個人的な主張だけが載っていた。

詩的な言葉でごまかしているが、つまりバイアグラを飲んでセックスして子供を増やしなさいと言っているに過ぎなかった。
彼は無視した。人類はたくさんいるし、地球の資源は残り少ないのだから増やす必要は無いと考えていた。


10分歩くと、薄いオレンジ色の建物にたどり着く。この建物で定期的に行われる会合に参加するべく彼は歩いてきたのだった。部屋の中には15人ほどが円形に座っている。いつもの自分の席に着いた。

「私はもはや人類に生殖の必要は無いのでは無いかと思っています」

彼の主張の番になったので、さっき思ったことを言った。

「人類は今まで、自分たちを増やすことだけを考え、それのためだけに争い、地球を荒らし尽くして来ました。これ以上増やす必要は無いのではないでしょうか」

だいたいの人が同意の表情を示した。手応えを感じる。
一人の男が手を挙げ、名前を呼ばれるのを待ってから言う。

「あなたの言っていることはもっともだと思う。しかし、それは人間の不安でしかないのだ。不安を解消しようとしているにすぎない」

「不安を解消しようとしているのは確かです。それの何がいけないか、私には理解しかねますが」

「不安を解消したい人間は機械を作り、それに不安を解消させてきた。もっと早く布を縫わなければ競争相手に出しぬかれる不安があったから機械にやらせた。戦争が怖いから自分たちを再教育させた。自分たちの社会は正しくない気がするから変えさせた。全て不安に由来するものだ。
しかし不安はなぜ存在するかと言えば、自分たちが存在し続けるために、自分たちが何者かに存在を脅かされないように、自分たちを改善すべく存在するのだ。
自分たちを増やすのをやめてしまえば、自分たちは存在しなくなる。これは緩やかな自殺だ。自殺がいけないのは、存在するものは存在し続けようと努力し続けなければいけないからだ。これは自然の法則なのだ。
この世に存在する全てのものは存在し続けようとするのだ。
自殺は自分のアイデンティティを守るために、社会的な存在を守るために生物学的な自分を殺害することを言う。
これは全く馬鹿らしいものだ。生物学的な自分が死ねば社会的な自分も死ぬのだ。
我々は自殺すべきではないのだよ」

別な男が手を挙げ、言う。

「古い哲学者が言いました。『死は恐るるに足りない。なぜならそれが来る時、我々は存在しないから』と。
自殺すれば自らが観測している間は自らを生かすことが出来るのです。
そもそも、この場合滅びるのは人類全体です。
我々は種としての尊厳を保ちながらその歴史を終えるのです。その間、誰一人として、自分に関わる人が自殺した負い目や傷など負いません。」

また別な男が言う。
「そういう意味では、人類は、社会的な寿命を迎えているのではありませんか。
システムは成熟し尽くし、情勢は安定し尽くしました。成長や変化が無いのは死と同義です。
我々の種は自然に寿命で死んでいっているに過ぎません。」


この間、彼は議論に飽きて、ふわふわのスペイン・オムレツのことばかり考えていた。

近況

ちょうどバイトを始めたころから更新していませんでした。原町田アフロボンバーです。皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

バイトはいいですね。人にさんざん迷惑かけて自己嫌悪におちいるだけで12ドル40セント(現地通貨)がもらえるだなんて夢のようです。今まで金も入らないのに自己嫌悪に陥っていたのはなんだったんでしょうか。(^O^)(笑)

 

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バイト以外には、引っ越してトミカタウンが十数年ぶりに構築されたことを特筆すべきでしょうか。

 

 

ツイートでも触れていますが、このトミカタウンは僕の幼児退行のメタファーであるだけでなく、社会的性機能の不在に対する諦めをも明示化しているし、またそれを実際に執行する存在でもあるのです。

 

頭悪い奴特有の回りくどい言い方をやめて、わかりやすく言うとつまり、女の子を部屋に招かない/招くつもりがないのでヤケになって女の子がドン引きしそうな物を部屋に置いた、という事です。

 

これを突き詰めて客観視すると、僕は自らの性機能の欠如を受け入れることができず、もしくは受け入れた場合のアイデンティティの崩壊を避けるべく、現実逃避などと呼称される自己防衛としてトミカタウンを構築したのです。

 

こういう苦痛とかアイデンティティの崩壊から逃れようとして自己防衛に走るのは健康な心の働きらしいので、そういう意味ではこのトミカタウンは僕の健常者みをreinforceするものでもあります。

障害者とキチガイのハーフアンドハーフであることは長年のコンプレックスだったので、僕の大好きなトミカが僕の健常者さを主張/肯定してくれるのは嬉しい限りです。

 

クソキモゴミクズネットオタク(カス)の病気アピールを読み進めてきた皆さんの愛想も尽きかけてきた頃かと思いますので、今日はこの辺にしておきましょう。

最後に、僕のコレクションの中で僕が一番好きなトミカタウンはJAF営業所です。

 

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みんな僕をもっと心配してください。そうしたら今よりも寂しくなくなるかもしれませんから。

でも健常者からは遠のいてしまいますね。困りました。

さようなら。

ぼくたちはセックスのことをあまりよくしらない

 

「で、ここからどうするの」

制服のワイシャツを腕から抜きつつ、ベッドに腰掛けた彼女が批判的な目で問いかける。数秒間、数十秒、会話が中断したとされるくらいの間、彼は答えられない。

「ねえ、どうするんだろうね」

情けない。脳裏からそんな声が聞こえた。とっさの彼はあいまいな返答しかできなかった。

「ホテルまで連れ込んでおいて、どうするんだろうね、は無責任じゃないかしら」

彼女はワイシャツを完全に脱いで畳む。それを見て、彼も脱がなければいけないらしいことを思い出す。それはおそらく全裸体で行われるらしかった。むしろ、確かなのはそれくらいだった。

 

終業式のあと、最後の長期休暇に向けテンションが上がった彼らのグループ–––それは2人より大きい社会だ–––はパーティをした。

パーティが終わると夜は更け、深夜と早朝のあいだに2人だけが取り残されていた。列車はもう運行していなかった。ホテルがあった。

結果2人はホテルに入ることにした。ホテルはセックスをするために用意されたタイプのものだった。

男女2人で入ったらセックスをしなければいけない。そういうコンテクストが壁とかシステムとかそういう社会的構築物の一種としてそこに鎮座していて、つがいと見做されてしまった2人は各個人の持つ無限の行動責任において社会的ノームに逆らうことをしなかった。

しかしそれは全ての問題を解決しなかった。他の全ての環境でそうであるように、若さに由来する経験の大幅な欠如はアプリケーション・サービス・プログラムの不在として、行動しようとする彼らを阻む。彼らは実際にセックスをするには、あまりにも経験と知識がなかった。

もちろん統計学的に見れば、彼らの年齢において彼らの状況の全ては何の不自然さもない。セックスをしようとすることもそれが初めてであることもアノマリーとは認められないのだ。

そういう話ではない。全体で珍しくなかろうが何だろうが彼らは今大きな困難に立ち向かっているのだ–––ある種前向きな姿勢で。それは青くて痛々しく美しいことなのだ。

 

何にせよ、少なくとも彼には痛さと苦しさしか感じられないようだ。この大いなる脱皮を、あるセクションの終わりを良き思い出とするには痛々しさが生々しすぎたし、そもそも彼は今それに立ち向かうことだけで精一杯なのだ。

 

「下着は僕が外すべきだ。そんな気がする」

彼は戸惑いながらもはちきれそうに膨れ上がったペニスをボクサーパンツの中に認めながら言う。

「分かるの?外し方」

彼女はさも無邪気な様に言う。

「分からない」

「じゃあわたしが自分で外したほうがいいね」

彼女はより論理的に発言し、乳房をあらわにした。

「これは触ってもいいのかな?」

彼は乳房に思わず釘付けになって恐る恐る言う。

「そういうことを聞くべきじゃないよ。承認を与えるときにそれに対する承認を求めてはいけない」

さっきからずっとまっすぐ目を見つめてくる彼女の視線を持て余しつつ、彼は承認を与えた。